フジテレビと親会社フジ・メディア・ホールディングスが設置した第三者委員会の調査報告書が、3月31日に公表されてから1週間。
フジテレビ社員である女性アナウンサーが、タレントの中居正広氏から「業務の延長線上の性暴力」を受けたことが認定されたほか、フジテレビ側の「性暴力を助長する社内環境」も微細に暴かれ、前代未聞の内容となった。
ここでは取り急ぎ、メディアと人権を専門とし、かつ元テレビ局社員である立場から、私が気になった報告書のポイントを列挙しておく。
(肩書は当時)
【「性的同意」の誤解とメディアの性情報】
・フジテレビ幹部らは被害者救済の初動が遅れた理由として、「女性が同意して中居氏宅へ行った」ためプライベート案件と即断したとする。中居氏も本件の背景として、「2人だけになるのを女性が承諾してマンションに来た」と主張。性的同意への誤解は、かくも罪深い事態を生み出す。
・「なぜ自宅に行ってしまったのだろうか」と被害者を責める発言すら、港社長ら幹部から飛び出した(報告書p.39)。幹部らが若かった頃というのは、下記に示すような性的メディアが、恋愛マニュアルを盛んに発信し始めた時代。「家に行けば同意」とのメディアの性情報の影響があったかと思われる。
【「女性のモノ化」という価値観】
・日枝氏や部下がフジテレビで勢いに乗った1960〜80年代は、グラビア週刊誌やAVが隆盛を始めた時期と重なる。それらのメディアから発せられていた「女性のモノ化」という価値観をそのまま吸収し、増幅させたのが、同局による女性の裸を見せる番組であり、ひいては上納文化ではないか。
*参照:「メディアの性情報と性情報リテラシー® ~この10年で変わったこと、変わらないこと~」『現代性教育研究ジャーナル』No.168、日本性教育協会、2025年、p.4
"社員等を性別・年齢・容姿などを理由として会合に誘う場合、当該社員等の本人の仕事の能力や資質であるとか人格のある個人ということではなく、「そういう性別・年齢・容姿を持つモノ」として誘っている可能性が高い。" (報告書p.183)
【アナウンス職へのリスペクトの欠如】
・「女性アナウンサーは常におびえていて、何かあっても言わない人が多い。現在でさえ、女性アナウンサーたちは『コンプラとかに言わないでください』などと言う人もいて、何か主張していると思われたり、会社に迷惑をかけたりしたくないと思う傾向がある。」
「女性アナウンサーは、社内からどう見られるか気にしている。」
(中居氏の性暴力事案をコンプライアンス推進室に報告しなかった理由について、幹部G氏へのヒアリングより:報告書p.32)
→世間からは華やかにみえるアナウンサーだが、社内での地位は決して高くない。一挙手一投足が評価にさらされ、プロデューサーやディレクターほか周囲の人々から "選んでもらって" 仕事を得るというアナ職のありようが、彼女ら彼らを神経過敏にしている。
女性アナウンサーAがスイートルームの会から先に帰らされた時、「ノリが悪いから先に帰らされたのではないか」と感じた(同p.21)というのが象徴的。早く脱出できてよかった、と安心するのではない。性的な発言が出る芸能人との宴席においてすら、アナとして気に入ってもらわねばならないと思い込まされている。
アナウンサーを言葉の専門職としてリスペクトされる地位に引き上げねば、「タダで使えるホステス(ホスト)」かのような取り扱いは再発の懸念が残る。まずは採用および番組起用方針を、若さや容姿より、実力重視へと見直すことが求められよう。
【性暴力を矮小化する思考パターン】
・性被害を受けたフジテレビ女性社員たちは、一様に「大ごとにしたくない」と述べていた。その理由は「セクハラを訴える=メンタルが弱い/面倒くさい奴/仕事ができない奴」と思われるから、と。この思考パターンは加害者側に都合の良いものであり、これを社員に刷り込んできたフジ上層部は悪質。
*セクハラを矮小化する思考パターン(枠組み)の例は、拙著『オトナのメディア・リテラシー』「そもそも、言葉づかいを疑おう」で
【ジェンダーのアンコンシャス・バイアス】
・フジテレビの女性役員は2022年までゼロ。2023年から1人。(報告書p.197)
「女性社員が部長に就任した際、局長から『この部署のお母さんとして』と言われたと聞いた。シャドーワークをたくさんやれ、何でも受け入れろという趣旨だと思うが、令和6年にもなってこんなことを言うのかと思った」(役職員へのヒアリングより:同p.201)
【顧問弁護士との関係性】
・中居氏の件とは別に明らかになった、フジテレビの「重要な社内ハラスメント事案」。男性社員が女性社員に対し、暴行や不同意わいせつ行為を行ったとされるもの。この男性社員への処分について、同局の顧問弁護士は「刑法に違反する事案に該当し得るものの、汲むべき事情があることも考慮して審議されたい」旨を意見した。(報告書p.162)
→この男性社員は、暴行や不同意わいせつ行為を行ったことを認めていない。顧問弁護士が主張した「汲むべき事情」とは、"本件において対象者が、暴行や不同意わいせつ行為を行ったことは認めないものの、自らの行動に問題があったことを認め、また反省を示していること" であった。(同上)
一方、第三者委員会は、"当委員会としては、本件に関してセクハラ行為も、これに伴う暴力行為も、いずれも優に認定し得ると判断しており、かつ、その行為態様は、本来であれば刑事責任を問われかねない、極めて悪質なものであった" と指摘している。(同p.164)
総 括
フジテレビをめぐる第三者委員会調査報告書の内容は、「再生」や「信頼回復」のかけ声が虚しく聞こえるレベルである。性暴力のきっかけを作る社員に加え、セクハラ加害をする社員を多数抱える組織が、果たして今後も存続できるのか。
仮に存続しようとするのであれば、まずは性暴力を助長する社内環境を支えてきた幹部を、一掃しなければならない。そして残った役職員に対しては、徹底した人権研修が必要になるだろう。
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