2012年4月11日水曜日

『わたし流番組論』 前編

新年度を機に、過去の原稿を整理していたら
非常に懐かしいものを発掘した。
『わたし流番組論』。
書いたのは実に11年前。
いじめ自殺と少年法改正を取り上げたドキュメンタリー
「少年調書」が、民放連最優秀賞などを受賞したことから、
テレビ業界誌「月刊民放」へ寄稿した作品だ。



あの頃はまだ入社4年目だったが、読み返せば
いじめや女性問題など、考えていたことは今と変わらない。
いやむしろ、当時の問題意識を貫いたまま
ここまで来たと言うべきだろう。



初心忘れるべからず、ということで
ネット上に初公開します!
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わたし流番組論
『常識や習慣から解き放たれてみたい
~「新しい価値観」「新しい場所」を求めて』

                                                (月刊民放 2001年9月号)

  ▼中編 ▼後編





〈自分が取材しないで誰がやる〉



 とにかく、対象に惚れ込んだのだ。
古賀洵作、高校2年生、16歳。
バス釣りとロックが大好き。クラスのムードメーカーで、
男女問わず友達が沢山いた。一方で、繊細な内面を併せ持つ。
相田みつをの詩を生徒手帳にしのばせていた。
将来の夢はアフリカで野生動物の保護にあたること。
「会いたかった」と強く思った。彼が自らの命を絶つ前に。



 洵作さんの自殺は、前日の同級生グループによる恐喝が直接の原因とされる。
だが取材を進める内に、彼が以前からこの同級生グループに
継続的ないじめを受けていたことがわかった。たかり、パシリ、嫌がらせ……。
 洵作さんはいじめの悩みを周囲に打ち明けることはなかった。
毎日を明るく振る舞っていた。彼の死は誰の目にもあまりに突然に映った。
いじめは洵作さんにとってどれほど耐えがたいものだったのか。
遺書は見つかっていない。
事件の核心に近づくには、彼の内面に正面から向き合う作業が必要だった。



 事件が起きた当時の私は入社1年目の新人。
つまり、他のどの記者よりも洵作さんの世代に近かったわけだ。
「自分が取材しないで誰がやる」そんな思いに駆られた。



〈社会の不備を取り上げ、伝える〉



いじめ自殺と聞くと、世間は大抵
「勇気を出して周りに相談すれば良かったのに」と口を揃える。
まるで、勇気のなかった被害者にも落ち度はあるとでも言いたげだ。
声を上げることをためらう被害者に
「勇気」の旗を振りかざして背中を押そうとする風潮は、
他の事件でもよく見られる。しかし現実には、
声を上げられる環境は整っているとは言い難い。



例えば先日、新聞にこんな投書が載った。
電車で痴漢に遭った女性からである。
駅のホームに着いた時その女性は大声を上げて助けを求めたが、
周りの乗客は知らん顔。しかも痴漢を捕まえてくれるはずの駅員は
ホームに見当たらない。結局痴漢には逃げられた、というのだ。
 近頃の駅では「痴漢に遭ったら勇気を出して訴えましょう!」と
謳うポスターが目に付く。勇気を出した結果がこれなのだ。
被害者から駅員への緊急連絡装置を設置するなど、
具体的な対策を講じなければ、その主張は空しく響くばかりだ。



 いじめの話に戻ると、これも自分がいじめられていることは
親や学校になどとても言えるものではない。
「いじめられっこ」には情けなく、恥ずかしいイメージがつきまとう。
思春期は自意識の固まりである。
自分がいじめを受けていると知られることは屈辱にほかならないのだ。

 さらに、いじめられる側にも問題があるとの見方が追い討ちをかける。
「あなたにも悪いところがあったんじゃないの。胸に手をあてて考えてごらん」
などと言われては、その子は萎縮してしまう。
理由が何であれいじめてはいけない、という意識が徹底しなければ、
子どもたちはこれからも口をつぐむだろう。



被害者が声を上げるために必要なのは、勇気などではなくて、
安心して声を上げられる環境なのだ。
そして、その様な環境を整えるのが、メディアで働く私たちの役目だと思う。



 洵作さんの事件を番組にまとめ、テレビでオンエアした時、
視聴者からこれまでにない数のファクスや電話をもらった。
驚いたのは、こういった事件につきものの遺族に対する非難中傷が
一件もなかったことだ。
私たちは洵作さんを美化して描いたわけではない。
ただ、「俺の人生足りん」と親に洩らすほどに
将来がやりたいことで溢れていた少年。
その彼から生きる権利を奪い取ったいじめの理不尽さと、
それを止められなかった社会の不備な現状が伝わったのであれば、
番組を作ったことは無駄ではなかったと感じている。



  ▼中編 ▼後編





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