2023年4月7日金曜日

TBSラジオで「SNS迷惑動画とリテラシー教育」(出演)



 新年度が始まりましたね。

今月から我が子にスマホを持たせた、という保護者も多いことだろう。
さて、ネット・トラブルへの対策は万全だろうか?

すっかりご報告が遅くなったがTBSラジオで、「子どものネット・リテラシー教育」をテーマにお話した。

『アシタノカレッジ』という番組内の、知育・教育分野の専門家が語るコーナー「オヤノココロコシラジ」にて。お相手は蓮見孝之アナウンサー。

回転ずし等の迷惑動画をはじめ、様々なSNSトラブルがいまだなくならないのはなぜか。

ネット・リテラシーが、「教える側」の大人にも不十分なためである。

問題投稿の犯罪性を強調するだけでなく、子ども達がなぜ投稿したがるのか、その対策はどうあるべきかまで、まずは大人が理解しておくことが求められる。

番組ではネット・リテラシー教育について、6つのポイントに分けて解説した(YouTubeでも視聴可):

 子どもをネットから守るリテラシー

 








親がまずはSNSを知るために










SNSによって進化したいじめとは?










押しつけにならないような言い方を









トラブルから守る力の教育









迷惑動画をあげてしまう罠










さらに、細かくはこんな内容を:

・学校現場での情報モラル教育の課題は?

・ともすれば子どもの方が詳しいソーシャルメディアについて、親が教えられることとは?

・SNSと子ども達はどう付き合っていけばいいのか 

家庭でも出来る、ネットのルールを学ぶ方法は?

日頃からの子どもとのコミュニケーションで重要なことは?

・親である大人が知っておくべきネットのルールは何か

・実社会とネット上の常識との違いを、子ども達が学ぶにはどうしたらいいか

・ネット・リテラシー教育に関して、国や地域が取り組んでいる動きは?

・よりよい未来のためのインターネットとの付き合いかたとは?

子どもの教育のことを日々考えている親御さん達にメッセージ

 

……こう並べてみると、結構な数であります。
詳しく知りたいあなたは、参考文献をどうぞ:


『大人が知らない ネットいじめの真実』(渡辺真由子著)






 『リベンジポルノ~性を拡散される若者たち~』(渡辺真由子著)


 




『子どもの秘密がなくなる日~プロフ中毒ケータイ天国』(渡辺真由子著)

 

 




ちなみに私はTBSラジオをほとんど聞いたことがないのだが(スマミセン)、今回の出演を知ったベトナム在住の知人から「現代技術を駆使していつも聞いてます!」と連絡があった。その人のオランダ在住の知人もヘビーリスナーだとか。

愛されてますね、TBSラジオさん☆


 

 

 

 

 

 

 

 

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2023年3月3日金曜日

ラジオ日本で「人生の選択」(出演)

 


ラジオ日本で3月6日(月)から放送される番組内で、我が「人生の選択」についてお話している。

放送は4日連続で、その後1週間以内はインターネット(radiko)でも聞けるとのこと。

「女性が人生の岐路に
立った時にした選択を、ちょっと覗いてみる。そこには、前向きに生きるためのヒントがあるかもしれない」


というのが、番組の趣旨らしい。

私の場合はテレビ局という、高安定&高待遇な職場を自ら離れたので、「不安はなかったのか?」「どんなマインドで?」という点に、番組スタッフのご関心も高かった模様。

放送日程と内容は以下の通り *多少変更になる場合あり*


時間: 各11:20
11:25

『SWEET!!』内「女神の選択」コーナー
1422kHzラジオ日本およびradikoで放送)

 

月6日(月)
現在の仕事について

・メディア研究者/ジャーナリストとして、取材・研究や執筆・講演活動

・社会人向けオンライン講座で、メディア・リテラシーやジェンダー、SNSトラブル、文章スキルなどを指導

3月7日(火)
現在の仕事に就くきっかけ

・新卒でテレビ局入社。「メディアの影響力で社会を良くしたい」と、いじめや性暴力の問題を取材・発信

・メディアの影響力はあまりにも大きいため、個人による変革に限界を実感。「受信者の国民に、『メディア・リテラシー』(メディアを読み解く能力)を身に付けてほしい!」と退職

・カナダの大学でメディア・リテラシーを研究

3月8日(水)
現在の仕事のやりがいや苦労した点

<やりがい>
・組織に縛られず、やりたいことに全力投球できる
-時間と体力は有限!

<苦労した点>
・安定した職場から離れる決断
-でもその時、考えたのは……


3月9日(木)
将来の夢や、同じく頑張るリスナーへのエール

<将来の夢>
日本を「尊厳を重んじあう社会」へ

<頑張るリスナーにエール>
・他人と同じことをしていてはいけません

・「出来ない理由」を探そうとするな

ちなみに、上記と関係する内容を、これらの記事でも語っている:

20歳の頃

テレビ局からの退職と独立

渡辺真由子の仕事話



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2023年2月22日水曜日

「運動部員の性犯罪」報道のあり方【メディアの中の女と男②】

「スポーツマンのくせに」

スポーツ界で起きていた性犯罪がいま、次々と明らかになっている。
日本クレー射撃協会のセクハラ、日体大アイスホッケー選手・帝京大ラグビー部員による性的暴行。帝京大事件にはほかに上智大、独協大の学生も加わっていたと報じられ、もはや ”〇〇大の学生だから”倫理観が低い、などとひとくくりにすることは出来なくなった。

それではこれらを、”スポーツ界で起こった事件だから”と特殊扱いすることは、はたして出来るのだろうか。

今回の一連の事件について、メディアは一斉に批判を行っている。普段は性的暴行事件といえば、興味本位に被害女性の落ち度をつつく報道をしがちな男性週刊誌やスポーツ新聞でさえも、今度ばかりは加害者である運動部員側を激しく非難している。

それは一見、メディアの性犯罪報道に一歩成長があったようにもとれ、喜ぶべきことなのかもしれない。しかしながら気になるのは、これらメディアが揃いもそろって、批判文句に「スポーツマンのくせに……」という理由を掲げている点だ。

「子どもたちに夢を与えるはずのスポーツマンが」「良識とさわやかさの象徴であるはずのスポーツマンが」このような卑劣な行為に手を染めた。それが許せない、と。その論調は気味が悪いくらい倫理的で、まるで全メディアが、不出来な凡人に説教をする”にわか坊さん”になったかのような口ぶりである。 

どうもメディアは、この事件をスポーツ部員という「特殊な人々」によって行われた別世界の出来事としてしか捉えておらず、自分たち一般市民は関係ありませんよ、と高みの見物を決め込んでいるような気がしてならない。だから、こうまで横並びにバッシング出来るのではないか。

実際に起こったのは、男性の集団による、女性への性的暴行事件である。人間として、誰にとっても許されざる行為のはずだ。“スポーツマンだから”許されないのでは、決してない。そこの論点のすり替えを感じる。

一般人が性的暴行事件を起こした時の記事の何倍もの紙面を割いて、あるべきスポーツマンシップについてあれこれと論議することが、本当に必要なのだろうか。事件の内容よりも加害者の特徴にばかり焦点を当て、本当に考えるべき事件の本質が見えにくくなっている。

”スポーツびいき” な社会

確かに、スポーツ界というのはある種特別な世界だ。厳しい上下関係、肉体を酷使する練習量、勝利へのプレッシャー。ストレスもたまる。さらにこの社会では、スポーツをやたらと崇める風潮がある。

身近なところでは我が慶応大学の体育会部員も、「練習があるから」と言えば、必修科目の授業の欠席も認められる。テレビでは、他の番組を繰り下げてでも野球中継が放映される。非常に”スポーツびいき”なのだ。社会がどんなにスポーツマンを美化しているかは、今回の性犯罪における「『情けない』合唱」を眺めていればよくわかる。そのような環境が、スポーツ名門校の部員をおごらせたということもあるだろう。

だが、彼らは運動部員である前に一人の学生であり、人間である。性犯罪に手を染めたいう事実をめぐる議論を、運動部員だったという特殊性のみに着目して、片づけてはならない。

事件の背後にあるもの

これらの事件の背後には、青年一人ひとりの、性に対する倫理的価値観の貧しさが存在する。そしてそれは、彼らを育んできた社会・教育・環境と密接に関連していると思われる。日本の男性週刊誌やスポーツ新聞における、性欲のはけ口としての女性の扱い方は異常だ。私はオーストラリアから帰国後、改めてそれを実感し、ゾッとしたものだ。このままでは、我々の性犯罪に対する抵抗感は、どんどん鈍くなってしまうと。

よって今回の事件は必然的であり、誰がやってもおかしくないとさえ言える。その当事者が、たまたまスポーツマンだっただけだ。

報道が論じるべきこと

もっとも、皮肉なことに加害者がスポーツマンだったおかげで、メディアが性的暴行事件をいつになく大々的に取り上げたわけだから、それは性犯罪について考える機会だと言えるのかもしれない。だからこそ、報道のあり方には、スポーツマンシップ云々だけで終わらないことを望む。

「健全な精神を育成する」という美しき大義名分の下にくるまれた、ストレスをためさせるであろう必要以上の上下関係や閉鎖性、そしてスポーツマンを特権扱いする風潮に見直しを促す。同時に、メディアでの性暴力の描かれ方についても、十分議論するきっかけになってほしい。

少なくとも、運動部員の性犯罪はけしからんという記事を載せているすぐ隣に、女性を性的におとしめる記事や広告を載せて平然としている現段階のメディアを見る限り、今回の事件を自分たちの問題として考えきれているとは思えない。

(渡辺真由子、1997)

☆【メディアの中の女と男】シリーズ
①『不機嫌なオンナたち』

 

 

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