スーパーへ買い物に行く時の古賀和子さん(63)は、近所の高校の下校時間帯は避けるようにしている。それでも道で男子生徒の集団に遭遇したら、急いでUターンする。「息子を死に追いつめた加害少年たちとダブってしまうんです」。こんな生活がもう16年目だ。
和子さんの長男で、福岡県飯塚市の私立高校2年生だった洵作(しゅんさく)さん(当時16歳)は1998年12月、同級生6人からの執拗な恐喝を受けた直後に自らの命を絶った。6人とその親は責任を認めず、学校は全校生徒に実施したいじめについてのアンケート原文を、遺族に見せずに焼却した。
遺族は加害少年側と学校側を相手に裁判を起こし、両者に責任を認めさせ、謝罪させる形で和解した。だが加害少年6人の中で、洵作さんに線香を上げに来たのは1人だけ。他の者からは何の音沙汰もない。就職したり結婚したりしたようだと、噂が耳に入ってきただけだ。
事件後、夫の秀樹さん(63)は仕事ができる精神状態ではなくなり、家にこもるようになった。和子さんも体重が激減し、食事が喉を通らず夜も眠れず、薬漬けの日々を送る。副作用で体がだるく、車の運転もできなくなった。「私たちは事件で人生を狂わされました。なぜ被害者だけが、大きなリスクを背負わなければならないのでしょうか」と和子さん。
私はこの事件を発生当初から取材し、遺族の心身が変化していく様を間近で見てきた。「時が解決する」という常套句は当てはまらない。時の経過と共に、成長しているはずの息子の不在を思い知らされ、苦しみは増す一方だ。
文部科学省が昨年末に公表した調査結果によれば、2012年度に全国の小中高校などが把握したいじめは約19万8千件に上り、過去最多を記録した。なぜ、苦しむ子どもは未だに後を絶たないのか。
「国の対応が小手先だからです」。和子さんは言い切る。いじめ自殺が集中的に報道された06年、文科省はいじめの定義を変更。昨年には「いじめ防止対策推進法」も施行した。だが、現状を把握するために肝心ないじめ自殺者数のデータは、信頼できるものを提供しているとは言い難い。
12年度の文科省の調査では、小中高生のいじめによる自殺者は6人だが、自殺者の総数を196人としており、警察庁による統計の336人とは大きな開きがある。学校側が遺族に配慮し、自殺としないケース等があるためと文科省は説明する。さらに、実態が反映されないとして、2013年度からは自殺件数の集計自体を中止するという。
洵作さんの死は、遺族の知らぬ間に学校が「不慮死」と県教育委員会に報告した。「本当は遺族の意に反して、学校側が自殺を認めたがらないのだろう」と和子さんは感じる。調査すら放棄しようとする国は、ひたすら保身に走っているように見える。
「人はみんないい人なんバイ」。洵作さんの口ぐせだった。自然が大好きで、将来の夢はケニアで獣医になること。高校1年の時に初めて訪れたケニアでは、日本から持ってきた衣類や洗面道具を全部現地の人々にあげてしまい、スーツケースを空にして帰ってきた。体格が良く柔道が得意だったが、暴力は嫌い。「言葉があるじゃん」といつも言っていた。
いじめ自殺事件を取材していると、亡くなった子どもたちの多くが、優しくて繊細な心を持っていたことに気づく。加害者を殴り返すことも責めることもなく、全てを引き受けるのだ。
和子さんは10年前から、近所の小学校で児童たちとチューリップの球根を植えている。球根同士がくっついているこの花のように、お互いに仲良くして欲しいとの願いを込めて。児童からは「自分も友達を思いやりたい」などと感想が届く。いつの時代も子どもの本質は変わらない、と和子さんは思う。子どもを変えるのは大人だ。
今年は洵作さんの十七回忌。「優しすぎる子が死ななければならない社会はおかしい」。そんな和子さんの訴えに、我々はどう応えられるのだろうか。
��熊本日日新聞『論壇』、2014.2.16寄稿)
*洵作さんは感性豊かな言葉や詩、写真を多く遺しており、個展も開かれた
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